東京高等裁判所 平成元年(行ケ)271号 判決 1990年5月29日
原告 明拓アルコン株式会社
被告 神鋼アルフレッシュ株式会社
主文
特許庁が昭和六二年審判第四七六三号事件について平成元年一〇月一九日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
主文同旨の判決
二 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
1 被告は、名称を「窓枠取付け方法」とする特許第一三〇八一六七号発明(昭和五五年七月二一日出願(ただし、昭和四七年四月一八日出願の同年特許願第三九三七七号からの分割出願)、昭和六一年三月一三日登録)(以下「本件発明」という。)の特許権者である。
2 原告は、昭和六二年三月二三日、被告を被請求人として、本件特許につき無効審判の請求したところ、特許庁は、右請求を昭和六二年審判第四七六三号事件として審理したうえ、平成元年九月一三日審理を終結し、同年一〇月一九日審判請求不成立の審決(以下「本件審決」という。)をした。
3 被告は、右審判係属中の昭和六三年二月二六日、本件発明の明細書を訂正すべく訂正審判を請求したところ、特許庁はこれを同年審判第三四二九号事件として審理し、同年一一月一一日請求公告したうえ、平成元年六月一五日、訂正許可審決(同年七月二〇日確定、同年八月二一日登録)(以下「本件訂正審決」という。)をした。
二 本件発明の特許請求の範囲
1 本件訂正審決前
既設の窓枠を建造物基台に残存させておき、該既設窓枠に新窓枠を嵌め入れて取付ける方法において、新上枠及び新側枠のそれぞれに複数個のアンカー金具を枠長手方向に間隔をおいて摺動自在に取付け、既設上枠及び既設側枠のそれぞれにアンカー基体を取付け、前記アンカー金具のそれぞれを枠長手方向に摺動させてアンカー基体と対応させ両者を仮止めしてから新窓枠を所定位置に調整後に本止めすることを特徴とする窓枠取付け方法。
2 本件訂正審決後
既設の窓枠を建造物基台に残存させておき、該既設窓枠に新窓枠を嵌め入れて取付ける方法において、新上枠及び新側枠はそれぞれ室外側に既設上枠及び既設側枠の室外側端面と相対向する舌片を設けており、該新上枠及び新側枠のそれぞれに複数個のアンカー金具を枠長手方向に間隔をおいて摺動自在に取付け、既設上枠及び既設側枠のそれぞれにアンカー基体を取付け、前記アンカー金具のそれぞれを枠長手方向に摺動させてアンカー基体と対応させ両者を仮止めしてから新窓枠を所定位置に調整後に本止めすることを特徴とする窓枠取付け方法。
(なお、1、2とも別紙図面参照)
三 本件審決の理由の要点
1 本件発明の要旨
前項2記載のとおり。
2 請求人(原告)の主張
「特許第一三〇八一六七号の特許を無効にする。」との審決を求め、その理由として、本件発明は、いずれもその出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である、昭和四一年一二月一日・建築知識社発行の「建築知識八巻一二号」七〇頁ないし七七頁(以下「第一引用例」という。)、McGraw-Hill Information Sys-tems Company Sweet'堂発行の「建築手帳一九六七年五月号No84」二一頁ないし四四頁及び八〇頁ないし八三頁(以下「第四引用例」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、その特許は特許法二九条二項に違反してなされたものである旨主張した。
3 各引用例の記載
(一) 第一及び第二引用例
既設の窓枠を建造物基台に残存させておき、該既設窓枠に新窓枠を嵌め入れて取付ける方法。
(二) 第三引用例
「サッシ堅枠の嵌殺し硝子裏側に位置した略C字状溝内にT字状の取付金具が装着され、この取付金具が二・〇t厚ステンレス柱型に取付けられた取付金具にボルトナットにより締付け固定されていること」「サッシ上枠の裏側に位置した略C字状溝内及びスパンドレルパネル枠のC字状溝内に亘って、略コ字状一体の取付金具が装着され、この取付金具は、梁型に固着された取付金具に逆L字状の部材を介して、ボルトナットで締付け固定されていること」「一般にファスナー(取付金具)は、前後、上下、左右の微調整ができるようになっていること」
(三) 第四引用例
枠組みしたサッシ窓枠の取付けにおいて、これを嵌め込み後仮止めしてから窓枠を調整後本止めする方法。
4 本件審決の判断
本件発明は、既設の窓枠を建造物基台に残存させておき、該既設窓枠に新窓枠を嵌め入れて取付ける方法において、取付作業の簡略化を図るとともに、保形性の悪い新窓枠であっても新装窓枠と同程度で改装可能とすることをその技術的課題としたものであるが、各引用例には、そのいずれにも前記課題について記載されていないし、また、これを予測することも当業者にとって容易なこととはいえない。更に、本件発明は、前記課題を解決すべく、その解決手段として「新上枠及び新側枠はそれぞれ室外側に既設上枠及び既設側枠の室外側端面と相対向する舌片を設けており、該新上枠及び新側枠のそれぞれに複数個のアンカー金具を枠長手方向に間隔をおいて摺動自在に取付け、既設上枠及び既設側枠のそれぞれにアンカー基体を取付ける」構成を有して、明細書記載の作用効果を奏するものであるが、各引用例にはこの点についても記載されていない。したがって、本件発明は、各引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとすることはできない。
5 以上のとおりであるから、請求人が主張している理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。
四 本件審決を取り消すべき事由
本件審決の理由の要点1、2は認める。第一ないし第四引用例に3の(一)ないし(三)の記載があることは認める(ただし、(二)のうち第三引用例のアンカー金具及びアンカー基体を取付金具としている点は争う。)。4、5は争う。本件審決に係る審判手続には次のとおり審決に影響を及ぼすべき重大な瑕疵があるから、本件審決は違法として取消しを免れない。
1 本件に係る特許庁における手続の経緯は前記一記載のとおりであるところ、本件特許についての無効審判の係属中に本件訂正審決が確定し、それにより無効審判の対象に変更を生じたのであるから、審判官としては、無効審判請求人である原告に対し、本件訂正審決の確定を告知するなどして変更後の審判の対象について主張立証の機会を与えるべき義務があるのに、これを怠った。そのため、原告は、本件審決の送達によって始めて本件訂正審決があったこと及びその確定を了知したものであり、本件審決に至るまで本件訂正審決を前提とする主張立証を全くなしていない。
2 なお、本件審決は、第三者が本件訂正審決があったこと及びその確定を知り得る最初の機会である訂正審決確定の登録後僅か二三日後に審理を終結してなされたものであるから、仮に右登録により原告において本件訂正審決があったこと及びその確定を知り得たとしても、実状として新たな審判対象について意見を述べるいとまはなかったものであり、もとより、右のように訂正審決確定の登録後若干の期間が置かれていることをもって、変更後の審判の対象に対する主張立証の機会を与えたものとすることもできない。このことは、後記のように本件訂正審決に係る訂正内容は本件発明の特許請求の範囲に重大の構成要件を付加するものであるのに原告の前提とした本件特許を無効とすることの事由につき何ら主張立証していないのであるから、審判官としては、期間的にみても原告が未だ本件訂正審決があったこと及びその確定を了知していないことを予測し得た筈であること、他方において特許庁は、本件と同様の場合に無効審判請求人に対し訂正審決確定の通知書を送付し、同書面発送の日から六〇日以内にこれに対する弁駁を促す扱いをしていること、(甲第七号証)、特許異議申立の法定期間(二か月、特許法五五条一項)や審判手続における答弁書、意見書等の提出の指定期間(特許、実用新案については六〇日、甲第六号証)との均衡からも、実質的に裏付けられるところというべきである。
3 しかして、本件訂正審決は特許請求の範囲に「新上枠及び新側枠はそれぞれ室外側に既設上枠及び既設側枠の室外側端面と相対向する舌片を設けており」という構成を追加することを認めたものであり、本件審決は、右追加に係る構成を原告が提出した第一ないし第四引用例との相違点として認定したうえ、右各引用例によっては本件発明の進歩性を否定できないとしたものであるから、前記審判手続上の瑕疵が審決に影響を及ぼすべきものであることは明らかである。
第三請求の原因に対する認否及び被告の主張
一 請求の原因一ないし三は認め、四は争う(ただし、審判官が原告に対し本件訂正審決の確定を告知した事実のないこと、本件審決に至るまで原告において本件訂正審決を前提とする主張立証をした事実のないことは認める。)。
二 被告の主張
1 本件審決は、本件訂正審決によって追加された構成のみを本件発明と原告提出の各引用例との相違点として認定したものではなく、本件審決の理由に徴すれば、かえって、右追加に係る構成がなくても本件発明の進歩性が阻却されたものでないことは明らかというべきであるから、原告主張の瑕疵は審決に影響を及ぼすべきものといえない。
2 また、原告主張のような瑕疵が審決に影響を及ぼすか否かを知るためには、かかる瑕疵がなければどのような公知事実を提出されたか、それにより審決の結論が異なり得たか否かという点が問われる必要があるところ、本件においては、具体的にいかなる公知事実が追加されたのか不明であり、当然ながら、特許庁も右追加されるべき公知事実との関係で進歩性を判断していないものである以上、裁判所がその点の判断をすることはできず、したがって、裁判所において原告主張の瑕疵が審決に影響を及ぼしたかどうかの点を判断することもできない筈である。
第三証拠関係<省略>
理由
一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本件発明の本件訂正審決前後の特許請求の範囲及び本件審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。
二 取消事由に対する判断
1 前記当事者間に争いのない特許庁における手続の経緯に徴すれば、原告を請求人、被告を被請求人とする本件無効審判(昭和六二年審判第四七六三号事件)の係属中に、被告から本件発明の明細書についての訂正審判の請求(昭和六三年審判第三四二九号)がなされたこと、これに対し、特許庁は、昭和六三年一一月一一日請求公告をしたうえ、平成元年六月一五日に訂正許可審決(本件訂正審決)をなし、右審決は同年七月二〇日確定し、同年八月二一日右審決の確定が特許原簿に登録されたこと、その後、特許庁は、同年九月一三日に本件無効審判の審理を終結し、同年一〇月一九日本件審決をしたことが明らかであり、また、審判官が原告に対し本件訂正審決の確定を告知した事実がないこと、本件審決に至るまで原告において本件訂正審決を前提とする主張立証をした事実のないことも当事者間に争いがない。
2 また、前記当事者間に争いのない本件発明の本件訂正審決前後の特許請求の範囲に成立に争いのない甲第三号証、第四号証の一、二及び第五号証を総合すれば、本件発明は既設の窓枠を取外すことなく新窓枠を取付ける方法に関する発明であること、本件訂正審決は、特許請求の範囲の減縮を理由として、本件発明の明細書の特許請求の範囲に「新上枠及び新側枠はそれぞれ室外側に既設上枠及び既設側枠の室外側端面と相対向する舌片を設けており」との構成を付加するとともに、これと対応して発明の詳細な説明の記載を訂正することを許可したものであること、右舌片に係る構成は窓枠の雨仕舞に関係する構成であって、発明の詳細な説明の項の本件発明の利点に関する記載中にも舌片に関する記載のあることが認められる(この点に関し、本件訂正審決(甲第五号証)は、本件訂正審決前のものである特許公報(甲第四号証の一、二)中の「既設窓枠に嵌め入れられた新窓枠は新上枠及び新側枠に取付けられたアンカー金具と既設窓枠に取付けられたアンカー基体とを連結するにさいし、まず仮止めしてから新窓枠の位置を確認して本止めするので、新窓枠を所謂ぐいちに取付けるおそれが少ない。」との記載に引続き「新窓枠の舌片が所定位置より偏位してずれて取付けられ所期の雨仕舞機能を果たし得なくなったり室外側から見たときの体裁を悪くするようなおそれも少ない。」との記載の付加を認めている。)。そして、前記当事者間に争いのない本件審決の理由の要点に徴すれば、本件審決においては、前記舌片に係る構成を含めた本件発明の構成及びそれによる作用効果が原告提出の各引用例(第一ないし第四引用例)に記載されていない点を本件発明の進歩性が否定できないとする理由として挙げているものであることも明らかである。
3 ところで、特許の無効審判の係属中に当該特許の訂正審判の審決がなされ、これにより無効審判の対象に変更が生じた場合には、従前行われた当事者の無効原因の存否に関する攻撃防御について修正、補充を必要としないことが明白な格別の事情があるときを除き、審判官は、変更された後の審判の対象について当事者双方に弁論の機会を与えなければならず、右格別の事情がないにもかかわらず、審判官において右機会を与えることを怠ったときは、審決に影響を及ぼすべき性質の審判手続上の瑕疵があったものと解するのが相当であるところ(昭和五一年五月六日言渡しの最高裁昭和四五年行ツ第三二号判決参照)、前記1、2の認定事実に徴すれば、本件においても、本件無効審判の係属中に明細書の特許請求の範囲の記載を訂正する旨の訂正許可審決が確定し、これにより無効審判の対象に変更が生じたのに、審判官において、無効審判請求人である原告に対し、変更された後の審判の対象についてあらためて無効事由の主張立証をする機会を与えなかったものであることは明らかであり、また、本件の場合が従前の攻撃防御について修正、補充を必要としないことが明らかな格別の事情があるときに当たらないことも本件審決の理由に徴し明らかである。
なお、前記1認定の本件訂正審決及び本件審決に係る審判手続の経緯によれば、本件訂正審決確定の登録後二三日を経てから本件発明についての無効審判の審理が終結され、更に三六日を経て本件審決がなされたものであるが、特許請求の範囲の記載を訂正する本件訂正審決確定の登録が訂正の事実を公示する方法であり、また、右登録が特許庁によってなされるものであるとしても、公示が直ちに具体的了知状態をもたらすものではなく、また、登録と審判は別個手続であることに鑑みれば、登録がなされたことのみをもって、審判官により、係属中の無効審判請求事件の請求人が訂正に係る特許請求の範囲について主張立証の機会を与えられたことと同視し得ないことはいうまでもない。もっとも、請求人が確定した訂正審決の登録の事実を知り、審理終結までに訂正された特許請求の範囲について主張立証をする機会があると認められる場合においては、別異の考察が必要であるとしても、本件においては、登録と審理終結の間は二三日(登録と本件審決との間は五九日)にすぎず、この程度の期間では無効審判請求人において本件訂正審決及びその確定を当然了知し得た筈であるとすること、仮に知り得たとしても十分な主張立証をなし得たものとすることも困難であるし(原告が審判手続中に現実に了知したことを認めるに足りる証拠はない。)、成立に争いのない甲第七及び第八号証に徴すれば、他方において、特許庁においては、かかる場合に無効審判請求人に対して訂正許可審決確定の通知書を送付し、同書面発送の日から六〇日以内にこれに対する弁駁を促す取扱いをしていることが窺われることに照らしても、訂正審決確定の登録後右程度の期間の存置をもって、原告が新たな審判対象に対する主張立証の機会を与えられたのと同視することはできないものというべきである。
4 被告は、本件審決の理由に徴すれば、本件訂正審決により追加された構成要件の有無にかかわらず本件発明の進歩性が阻却されたものでないことは明らかである旨主張するが、前記2認定のように、右追加に係る構成は本件判明の作用効果にも関わるものであることが窺えるし、本件審決においても、本件発明の進歩性が否定できないとする理由中で、右構成を含めた本件発明の構成及びそれによる作用効果が原告提出に係る各引用例に記載されていない点を挙げているものである以上、直ちには被告主張のようにいえないことは明らかであるから、右被告の主張は採用の限りでない。
また、被告は、前記のような審判手続上の瑕疵が審決に影響を及ぼすか否かは、かかる瑕疵がなければどのような公知事実が追加されたかを知る必要があるのに本件においてはその点が明らかでなく、また、特許庁も右追加されるべき公知事実との関係で本件発明の進歩性を判断していない以上、裁判所においてもその点の判断はできず、結局、前記瑕疵が審決に影響を及ぼしたかどうかの判断をすることはできない旨主張するが、前記認定のような瑕疵は、その性質上一般的に審決に影響を及ぼすべき瑕疵というべきであって、かかる瑕疵の存在が認められる以上、それが審決に影響を及ぼさないことが明らかな格別の事情が認められない限り、審決は違法として取り消しを免れないと解すべきであり、本件においては右格別の事情を認めるに足りる証拠も見当たらないから、この点に関する被告の主張も採用できないというほかない。
5 以上のとおりであるから、本件審決は、審決に影響を及ぼすべき瑕疵を有する審判手続に基づいてなされたもので、違法として取り消されるべきである。
三 よって、原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 松野嘉貞 舟橋定之 小野洋一)
図面
第1図
第2図
第3図
第4図
第5図
第6図